2017-11-14 (Tue)

わたくしは、蔵人頭・藤原兼平が娘、超子。今上帝の後宮で、御匣殿別当を努めております。
御匣殿といえば妃として入内する前段階としてなることが慣例となって長いですけれど、別当はそれとは違い、実務を取り仕切ります。前御匣殿であった姫君は病を得て後宮を退出しておりますから、今は御匣殿といえばわたくしのこと。とはいえ、別当もまた、帝のお手がつくこともあり、いづれは…と見られることも事実。けれどわたくしの場合…父は蔵人頭ですが公卿ではありませんから、例え帝のお手つきになろとも女御となることは叶いません。中途半端な、とても曖昧な立場。
それがわたくしでございました。










「後宮~華の乱~」第三十六話 御匣殿別当・藤原超子










あれはまだ出仕して間もない頃でしたでしょうか、わたくしは自分の存在意義が見いだせず、例え寵愛を受けたとて、時めくことなどできないとわかっている虚しさに、空虚な日々を送っておりました。
今上帝の後宮にはすでにお二人の大臣家の姫様が女御としておられましたし、寵愛深い女御様の噂は出仕する以前から聞いておりましたから、一時の帝の寵すら期待できなかったのです。御匣殿別当の仕事にも興味が持てず、これまで命婦殿がやられていたのですから、今更わたくしが何をすればいいのかと、ただそこにいるだけの日々でございました。

父・兼平は帝の信篤く、だからこそのわたくしの出仕だったのですが、逆にそのことが、父の期待が御匣殿別当としての期待ではなく寵を受けることだと、誤解もしておりました。





月のない、真っ暗な夜のこと。
仕事もせず、寵愛も受けていないわたくしの住む貞観殿は元々人が少なく、静かな殿舎でございました。
あの夜は皆寝静まっており、虫の音ひとつ聞こえない夜。
とっくに眠っていたわたくしの局に、人の気配を感じたのです。

「っだ……っっ!!」

誰、と最後まで声に出すこともできず。
恐怖に身体は凍り付き、わたくしは震えるしかできませんでした。

「貴女に恋い焦がれる憐れな男です。どうか情けを、わたしを憐れと思ってくださるなら……」

そんな使い慣れた文句でするりとわたくしの寝所に侵入してきた男。どこの誰ともわからない、ただそれなりに身分はあるのでしょうか。震えるだけのわたくしに、男が近づいてきました。

それが意味することくらい、わたくしにもわかっておりました。夜這いは、よくある話でございます。わたくしが帝の寵愛を受けていたならありえないことなのでしょうけれど、中途半端なわたくしの立場が、そんな男を呼び寄せてしまったのです。

「いや…こないで……」

小さく、囁きほどの抵抗の声しかあげられず
真っ暗な闇の中、男の気配がすぐそこまで近づきました。

恐ろしかった。
ただただ、恐ろしかった。
なのにわたくしは、涙と恐怖に震えることしかできなかった。
帝の寵愛を望んでいるわけではなかった。けれどこんな風に、どこの誰ともわからない相手に、結婚するわけではなく手籠めにされることは、絶対に嫌だった。

その時です。

「やめなさい!!」

急に、女人の声と気配がしたのです。

「その人から離れなさい!――、―――、捕縛よ!」

突然のことでしたからはっきりとは覚えていません。けれど突然現れた誰かに、わたくしは助けられたのです。
どうしてわかったのかも聞けませんでした。その人は、連れてきたらしい幾人かに男を捕縛させると、なるべく周囲にこのことが知られないようにと静かに事を治めてくださったのです。ですから、あの時のことは知る者はほとんどおりません。

「大丈夫?」

「あ…あ、あ……」

「もう大丈夫よ。怖かったわね」

「あ……っ」

その女人は、わたくしを抱きしめてくださり、大丈夫、大丈夫と繰り返し背をさすり、わたくしが落ち着くまで慰めてくださいました。お顔は、月もない夜でしたから、燭台もなくあまりに暗くて…それに、恐怖もありましたら。ぼんやりとした輪郭くらいしかわかりませんでした。

やがて空が白み始めた頃、外から「そろそろ行きませんと…」という遠慮がちな声が聞こえ、

「落ち着いた?」

と、その女人はわたくしに尋ね、

「はい…」

そう、なんとか答えたわたくしに微笑んだような気配がして
立ち去ろうとしました。

「あの…、お名前を…」

慌てて引き留め、せめてお名前をと声をあげました。恐怖でろくに御礼も言えておりませんでした。
その方は何故か少しためらったような間を置いて、
困ったように教えてくださいました。

「三条よ」

「三条様…」

「三条でいいわ。ただの女官だもの。」

「どちらの…」

「ごめんね、本当にもう行かなくちゃ。安心して、あの男は二度とここへは来ないし、二度と同じようなことが起きないように帝にお伝えしておくから。」

不思議に思いました。
三条様は帝、とあっさりとおっしゃった。もしかして主上に直接お仕えしている方なのでしょうか。


そして三条様は、夜明けと共に去っていかれたのでした。





二度目の邂逅は、半年後。
やはりあの夜と同じ、月のない真っ暗な夜でした。
眠れずにいるわたくしの耳が、いつか聞いたあの声を、拾ったのです。
咄嗟にわたくしはどうしようもない衝動に突き動かされ、部屋を飛び出し声の主を探しました。静かな夜でしたから、その声の主はすぐに見つけることができました。

「――様、いい加減に…―――、――、――――」

「でも、――、―――、」

誰かと話をしているようでした。
わたくしは慎重にゆっくりと近づき、その様子を覗き見ようとしました。

女人が二人、話をしていました。

「…っ誰?!」

「そこにいるのは誰です?姿を見せなさい!」

ひっと。
小さく声をあげました。
身を隠し潜んでいたつもりのわたくしはしかし、あっさりと見つかったのです。

「貴女は…」

一人は、わたくしを知っているようでした。

「あの…」

「御匣殿別当の超子様ですね」

「え…」

「このような夜にお一人で出歩かれるなど如何されましたか。不用心でございます」

「あの……すみません、声が…聞こえたものです、から…」

厳しい声音に、身をすくめ、それでも何とか返事を返しました。

「声?」

「あ…そちらの、方の……」

「あたし?」

わたくしは頷きました。

「以前に…助けていただきました……」

「え…?ああ!あの時の!」

「はい…っあ、あの時は…御礼も言えず……ありがとうございました。三条、様…」

三条様はにっこりと、嬉し気に微笑んでくださいました。

「それでわざわざ?ありがとう、その後は、大丈夫?もう怖くない?夜は眠れてる?」

「はい…三条様のおかげで」

「そう、よかった。でもあたしのおかげじゃないわ。ここにいる命婦殿も助けてくれたのよ。」

三条様はそうおっしゃると、一緒にいたもう一人の女人へ視線を向けました。

「命婦…?」

「内命婦の中務でございます。超子様。」

「あ…主上にお仕えしている……」

「左様でございます」

「で、では、三条様も?」

「え?えっと……そ、そう!そうなのよ!あたしはこの、中務様について主上にお仕えしているの」

「そうだったのですか…」

だからあの時、帝に伝えておくとおっしゃったのでしょう。
わたくしは納得しました。
あの日以来、ずっと考えていたのです。もう一度、三条様にお会いしたいと。

「あ、あの…!」

「なあに?」

お優しい、ためらうわたくしの言葉を急かさず根気よく待ってくださる三条様。
そんな三条様に勇気づけられ、また会うことができたならお願いしようと決めていた言葉を
勇気をふりしぼって言いました。

「三条、様!!わ、わたくしと…っお………お友達になってくださいませ!!」

「………え?」

「だ、駄目、でしょう、か……?」

迷惑だったでしょうか。
困らせてしまったでしょうか。
断られたら……

情けないことに、涙が滲みました。

三条様だけでなく命婦殿も、驚いた顔でわたくしを見ておりました。

そんな、わたくしにとってはとてもとても長い、実際には短かったのかもしれない沈黙の後、
ふっと息を吐き微笑んだ三条様が

「いいわ。こちらこそ、よろしくね?超子様」

と。
手を差し伸べてくださったのでした。

「だけどあたしはこれでも忙しくてね、昼間は飛び回ってて会えないのよ」

「っそれなら!御文の交換をっっ」

「……ならば、わたくしが預かってお渡ししましょう。」

「ああ、そうしてもらえますか?」

「お願いします」

それから。


わたくしと三条様の文通は始まりました。


文の交換が続く中、いつしかわたくしは自身の境遇のことや意義を見いだせないことを打ち明けることになり、

―「超子様が望んでいる生き方はどっち?」―

―「わからないのなら、まずは御匣殿別当としての仕事をやってみたらどうかしら?」―

そんな三条様のお返事に。
わたくしは投げ出していた御匣殿別当の実務をやるようになりました。





わたくしが変わると、周囲の人間も変わっていきました。
わたくしの周りに徐々に人が増え、

―「三条様、わたくし、最近毎日がとても楽しいです」―

わたくしはここに、自分の居場所を見つけることができたのでございました。

三条様、ありがとうございます。
すっかり忘れていましたわ。わたくし、昔から裁縫が大好きだったのです。


まさか三条様があの藤壺女御様であったなんて。


鈍感なわたくしが知ることになったのは、

何年も経ってからでございました。





続く

瑠璃の無双が始まります(^o^)/


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