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沫雪の唄

「なんて素敵にジャパネスク」二次小説

「長恨歌」第五十一話 前内大臣・藤原忠宗

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ついに迎えがきたのだろうか。

最初に浮かんだのは、そんなことだった。

懐かしい、忘れるはずのない亡き娘の声が聞こえた気がして閉じていた瞳を開いた。しかし見えたのは見知らぬ若い女でとうとう幻聴まで聴こえるようになったかと嘆息した。
駆け落ちまでして一緒になった妻には早世され、妻の遺してくれた二人の子を懸命に育てた。亡き妻の遺言で迎えた後妻も血の繋がらぬ子らを慈しみ一緒に育ててくれた。たった二人の我が子は息子は頼りなく、娘は過ぎるほどにお転婆で、何度悩んだかわからない。けれどどちらも優しい子で人のために心を痛めることのできる人間に育ってくれたことは僥倖だった。
特に悩みの種だったお転婆娘は一度は婿を迎え平穏に暮らし、しかし自らの意思で入内した。娘のためを思えばこそ後宮にはあげず婿を迎えたのに、あの時もっと強く反対していたら。強硬に反対して許さなければ。あんなことにはならなかったのだろうか。それでも娘と主上に乞われれば…どうあがいてもわしになす術はなかっただろう。

そうわかってはいても。

後悔ばかりが胸を締め付け、もう会うことのできない娘の面影を思い出す。
どうしてあの時。
もっと娘の周囲に気をつけなかったのだろうか。
何故あの時。
娘を守ってやることができなかったのだろうか。
ああ、どうして。

あの子を入内などさせてしまったのか。

とうに枯れたと思っていた涙が頬を濡らし

「瑠璃……」

零れ落ちたそれを止めることができなかった。










「長恨歌」第五十一話 前内大臣・藤原忠宗










「父さんの調子のいい日に会わせたい人がいるんだよ。」

娘の死によって見違えるように強く、立派な公達に成長した融が言った。

「誰かは言わないよ。父さんの目と耳でちゃんと見て判断してほしいから。」

意味深な言い方でそんなことを言った融はどことなく嬉しそうで楽しそうだった。融のこんな顔は瑠璃が死んでからというもの初めて見た気がした。声も弾み、わくわくした様子に床の中から首をかしげた。
融は傍に座っていた妻にも振り返り、

「母上も一緒に。」

とにこやかに笑う。

「?」

「融」

妻は身体こそ健康であるもの、数年前から記憶が曖昧になっており人の顔も名もわからなくなっている。かろうじてわしのことはわかるようだが融のことは“よく会う人間”程度にしか認識していない。わしのことですら時々忘れてしまうが、逆に普段忘れている融のことを突然思い出したりもする不安定な状態だった。その妻に誰を会わせるつもりなのかと、咎めるつもりで融の名を呼ぶが、

「僕を信用してよ。大丈夫だから。」

と。融はそんな風にとりあわない。

「………」

わしの方は身体にがたがきて寝たきりになっているし、こんな両親を見捨てず面倒を見てくれる息子にそれ以上は何も言えず黙った。
…本当はとうに、わしは天に召されていてもおかしくない。だがわしまで死んでしまっては息子がたった一人になってしまう。主上や姫宮様も身内とはいえ、やはり皇族であり身近とはいえない。それに、痴呆の進んだ妻を残して先に逝くわけにもいかない。その想いだけで、もう何年も寝たきりながら生き長らえている。

「調子がいいなら今日にでも呼びたいと思ってるんだ。いいかな?」

「…好きにしなさい」

わしにできる返事は、それだけだった。










「………内大臣、様……?」

瑠璃によく似た声が戸惑った、迷いのある声でわしを呼ぶ。

「……もうそれは別の人間のものだ」

「っ申し訳ありません…っ」

とうにわしは位を返上し内大臣ではない。咎めるつもりで言ったわけではなかったが、言い方が冷たかったかもしれない。
融が呼び寄せた女の声は瑠璃にそっくりで、なるほどこれのために会わせたかったのかと納得した。確かに、懐かしく泣きたい気持ちになる。目を閉じればまるでそこに瑠璃がいるようで…切なくなった。

「よい。………いい声を、しているな。」

「……そうですか?」

「ああ…。心に沁みる声だ…」

姿はまるで違うのに、声だけは何故にこんなに瑠璃にそっくりなのだろうか。傍にいるはずの妻を見やればこくりこくりと船を漕いでいる。昨夜はあまり眠っていなかったようだ。
融も席をはずしており、いるのはわしと妻と、瑠璃によく似た声の女。
融はこの声に癒されてほしくて呼び寄せたのだろうから、ならば委ねてみるかともう一度目を閉じた。

「…何か、…話してくれ」

「え…?」

「そうだ…。なんでもいい、その声を聴かせてくれ」

「なら……失礼ながら、“父”の話をさせてもらってもいいでしょうか?」

目を開け、女を見上げる。また閉じ、頷いた。

「ああ。話してみるといい。」

「……………では…」

少しの沈黙の後、
女が語りだした。

瑠璃に、とてもよく、似た声で…――。

「………わたしの父は、とても子煩悩な人でした―――――」

女は語る。
思い出を懐かしむように、つい先日の出来事のように、
その声はわしの記憶をなぞるように、覚えのある話を語った。

融に聞いたのか。頼まれたのか。
今はそんなことどうでもよかった。

いつしかわしの目からは涙がとめどなく溢れ、
娘の名を何度も何度も、声にはしないまま呼んだ。

「―――後悔、しているのです。父様にどんなに大事にされていたのか、わかっていなかった。失って初めて気づいたんです。親孝行もできなかった。それどころか、最大の親不孝をしてしまった。ずっと、謝りたかった。謝って、ありがとうって、伝えたかった……―――――」

まるで瑠璃本人のように。
女の話す“父様”がわしのことのように感じる。
だからつい、気がつけば勝手に口にしてしまっていた。

「子の幸せが最大の親孝行だ。幸福であったのならそれいい……親というものはそういうものだ。」

はっと息を飲んだ気配がした。
それに気づき、閉じていた瞳を開け女の顔を見上げた、

その時…――


「瑠璃様…っっ!!!また後宮を勝手に抜け出してきたのですか?!そんなのでは主上に見放されてしまいますわよ!殿方の心というものは移ろいやすいのですから掴んで離さない努力が必要なのですとあれほど教えましたのに…っ!」


「え…?」
「お前…?」

眠っていたはずの妻が、
ここ何年も消えていた理知的な強い輝きを宿した瞳でわし達を睨んでいた。

「殿も殿です!瑠璃様のためなのですよ!もっと厳しくなさいませ!!ああ、でも、何か後宮であったのですか?辛いことでも?」

「ははうえ……さま…?」

妻が動いた。
瑠璃によく似た声の女に近づき

労るよう背中をさする。

「瑠璃様に何かできるような人間はいないはずですけれど…後宮という場所は冷たく恐ろしいと聞きますものね。大丈夫ですか?やっぱり何か辛いことがあって逃げてきたの?ああ…っ!お強い瑠璃様が逃げ込んでくるほどなのだからよほどのことね?大丈夫よ、殿が何とかしてくださいますわ!ねえ、殿?」

「あ……あ、ああ…」

「主上はご存知なのですか?主上は瑠璃様を大事にされているはずですけれどやはり殿方に女の機微はわからないものですからね」

「あ、あの…ははうえさま…」

「こ、これっ!今上帝に対しなんと失礼なことを……!」

わしらの他には誰もいないとはいえ、不敬ともとれるとんでもないことを!
わしは真っ青になって止めたが妻に逆に睨まれる。

「殿は瑠璃様が大事ではありませんの?!どうせここにはわたくし達しかおりません!まったく…殿方というものは…瑠璃様?!泣いていますの?!ああっ!!やっぱり何かあったのですね?!」

見れば、女が涙を流していた。

「すみません……嬉しくて…母上様……あたしが…わかるんですか…?」

妻が眉を寄せる。

「当たり前ではないですか。瑠璃様を間違えるはずがないでしょう?」

「なにを……言って………るんだ………」

「殿こそまだわかりませんの?あなたの娘の瑠璃様ではないですか。お顔は少しばかり変わってますけど、女御様におなりなのですもの、多少雰囲気も変わって当然でしょう?」

「そんな馬鹿な……」

変わっているのは多少でもないし雰囲気でもないだろうが!
そもそも瑠璃は十八年も前に死んだのだ…――!

「……………父様」

な……

この女は一体何を言って…

「父様……あたし、瑠璃だよ……信じられないだろうけど瑠璃よ…生まれ変わったの。もう一度生まれて…やっと会いに来れたのよ…っっ」

気のせいだ。
この女が娘の瑠璃に重なってみえるのはきっと気のせいだ。
病のせいで心が弱っているために見せる幻だ。

でなければ、こんな奇跡があるはずがないのに……

「父様……何を話せばいい?どの思い出を話せば、瑠璃だって信じてくれる…?」

それなのに。
泣き笑いをしたその顔がもう、わしの目には瑠璃にしか見えなくなっていた。

「全部全部…覚えてるわ。吉野でのことも全部…父様にどれほど心配かけたかも全部…」

「あ………う……」

こんなことが。

ああ、まさか。

こんなことが本当にあるというのか……っ!!

「……………る、瑠璃……か………?」

瑠璃なのか?

本当に……?

「父様………ったくさんたくさんごめんなさい……!謝っても謝り切れないっもっと早く……もっと早く会いにくるべきだったのに…っっっ」

ああ、わしが長生きしてきたのはこのためだったのだと。


神に、感謝した。





続く


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雪 says..."ハニー様"
ありがとうございます。
内大臣との再会は一段と気合入れてしっかり描かないと…と思う分、ハードル高く感じていたのですがいざ書き始めてみるとすんなり進んでキャラ達が自由に動いてくました。父子の再会は繊細なので悩んでいたのでが母親が予想外な動きをして助けてくれました。結果、いい感じで進められて満足しています。

推測通り、次は瑠璃のターンです!
家族団らんをお楽しみください。
2018.09.19 13:47 | URL | #- [編集]
雪 says..."ふじ様"
コメントありがとうございます。
いつも読んでくださっているのですね、嬉しいです。ぽちっとでも押してくださっているのなら充分です!こうしてコメントまでいただけてさらに嬉しいです(#^.^#)
思いつきで書きすすめているだけのものばかりですので回収し忘れの伏線もありそうだし辻褄の合わない部分もあるかもしれない素人作品です。趣味で書いているだけなのでご容赦くださいませ。たまにそう言ってくださる方はいらっしゃいますが私なんかとてもとても。

チャット会、まずはのぞいてみて入れそうだなと思ったらぜひ、勇気をだして発言してみてください。ROMしてくださる方にも声をかけてみたりしますね。お話できるのを楽しみにしています。
2018.09.19 13:39 | URL | #- [編集]
ハニー says...""
更新ありがとうございます。

もう、やばいです。
読み始めてすぐから涙が止まりません。
良かったー、生きている間に、ちゃんと再会できて。
ちゃんと信じてもらえて。

次は瑠璃姫のターンかな。
楽しみにしています。
2018.09.16 18:49 | URL | #- [編集]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018.09.16 17:50 | | # [編集]

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