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沫雪の唄

「なんて素敵にジャパネスク」二次小説

「長恨歌」第五十三話 近江守正室・芳子

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「あの人は?」

もう何度したかわからない問いに、目の前の女房は申し訳なさそうに俯いた。その反応で、今夜も夫が帰ってこないことを悟る。

「…もう寝るわ」

「ご用意いたします」

諦めて寝ると言うとあからさまにほっとした顔をされ、一瞬叱りつけようかと怒りがわいたけれどぐっと飲み込み気づかないふりをする。正妻としてみっともない真似はできない。そうよ、あの人にどれほど愛人がいようとも昔も今もこのわたくしが正妻。みっともなく騒ぎ立ててはそれこそこの立場が危ないように誤解を招きかねない。焦らず騒がず、大きく構えてさえいれば…

「そうよ。あの程度のことでわたくしの立場は揺らがないわ」










「長恨歌」第五十三話 近江守正室・芳子










あの日、あの女の娘を傷物にしようとした翌朝、
わたくしは事は成功しているとばかり思い込み、すっきりした心持ちで常より穏やかに朝を迎えた。それが間違いであったことを知ったのは夕刻になってからだった。

険しい顔をした夫の訪れに知られたのだろうことはわかっても、すでに事がなった後であれば問題ないと焦ることはなかった。今更どうあがこうが傷物になった結果は変わらないのだから。夫とて、こうなれば婿にするしかなく苦言くらいは呈されるだろうけれどこの程度のことでわたくしが責められるはずはなかった。
そうよ、「婚期の送れる娘に婿をあてがってあげた」だけのことなのだから。

けれど…――

「お前には失望した」

夫は一言、そう言い放つと

「それほど勝手なことをしたいのならもう好きに生きればいい」

と…
ひどく冷たい、冷めた目でわたくしを見下ろしたのだ。まるで怒る価値もないとでもいうように。
夫は背を向け二度とわたくしを見ることはなかった。
かっと火のつくような怒りが全身をかけめぐり、声を荒げ夫をなじりかけた。そもそも夫のせいではないか。わたくしという妻がありながら他の女に子を産ませた夫の…!けれどすでに夫の姿はなく、みっともなく当り散らす姿を女房達に見られることはためらわれぐっと飲み込んだけれど、怒りのあまり身体が震えるのは抑えられなかった。

「北の方様…」

腹心の女房が気遣わしげにわたくしを呼ぶ。

「………たいしたことではないわ。一時的にお怒りになっているだけだですぐにご機嫌もなおるでしょう。ほっておきなさい。」

「ですが」

「平気だと言っているでしょうっっ!!」

余裕の笑みを見せてあげたというのにそれでも尚も何か言おうとする女房がわずらわしくて我慢していた声が荒くなった。

「…っ申し訳ありません。余計なことを……」

「それより昭子の様子を見てきて。」

「……はい。」

本当に、夫の怒りは一時的なものだと思っていたのだ。わたくしの立場が揺らぐはずはないと――。

あれ以来、夫は邸に帰ってこなくなった。
どの愛人のところにいるのか知りたくもないけれどきっと静子のところなのだろう。口惜しいことにわたくしの両親にもう夫に圧力をかける力はなく、わたくしはここで何でもないふりをして待つことしかできない。娘の、昭子の結婚もいい加減相手を決めて迎えなければならないというのに相談しようにも夫は帰ってこず話を進めることができない。夫は邸の使用人達にもお怒りであるようで、あの夜、わたくしの命に従った使用人達の多くは解雇されいなくなった。あの娘の婿にしようとした男がどうなかったはわからないし興味はないけれどおそらく無事ではいないのだろう。

「お母様っ一体どうなっているの?!早く決めてくださらないと嫁き遅れと後ろ指をさされてしまうわ!」

「…昭子を思えばこそ、誰を選べばよいかお悩みなのよ」

年が明ければこの子ももう十九になってしまう。未婚にしてはすでに遅い方で、この近江であればこそ夫の威光で揶揄されることはないがそれでも焦らずにはいられない年だ。

「大丈夫ですよ。あなたはこの近江の受領の一人娘。手中の珠だからこそ結婚相手も吟味しているのだと皆承知しているわ。」

「でも…!」

「落ち着きなさい。そのように焦った姿を見せれば自分の価値を下げてしまいますよ」

「…お母様は余裕ですのね。結局透子にも逃げられたというのに」

「昭子!」

「お母様は悔しくないの?!妾の娘のせいでわたくし達がお父様に叱られるなんてひどい侮辱だわ!」

あろうことか夫は昭子までもを叱りつけた。そのことに異議を唱えようにも夫はわたくしの元には帰ってこない。いくら文を送ろうとも返事もなく。このままでは…

「…心配はいらないわ、昭子。例えあの娘が京でどれほど身分不相応な相手を狙おうと、所詮愛人にしかなれないのだから。京の高貴な方々が地方の受領の、しかも愛人の娘程度をまともに相手にするはずがないでしょう。」

よくて一夜の遊び相手。複数いる浮気相手にしかなられるはずがない。あの美貌も、京の洗練された姫君達に混ざれば珍しいこともないだろう。平気よ、何も心配することはない。あの娘が、あの女が…わたくしの上になるなんてあるはずがないのだわ!

「お母様に任せなさい。あなたは何も心配しなくていいわ。わたくしにだって伝手くらいあるのだから…そう、そうね。あの娘がどれほど至らないか、あちらにお知らせしましょう。」

そうすればきっと夫は帰ってくる。帰ってきて、わたくしに謝罪してくれるだろう。すまなかった、自分が間違っていたと。
あの女の見目に騙されていたのだと気づいてくださるはず。
年老いた両親は頼れなくとも、父と年の離れた叔父はまだ頼れる。兄も甥達もいる。わたくしがないがしろにされていると知ればきっと協力してくれるだろう。もともとここの地主の娘だったわたくしには頼れる伝手などいくらでもあるのだ。なんとかして左大弁様にあの娘がとんでもない娘であることをお知らせすれば、左大弁様のお怒りを買ってあの娘は追い出される。そうなれば夫もあの母子を見放すわ。

「すぐに叔父に文を書くわ。用意を」

いいや、文より直接会って話した方がいいかもしれない。夫が帰ってきていない今返って都合がいい。いくらでも相談できるではないか。そうだわ、まずは噂を広めるのもいいかもしれない。あの母子の真実を、あの母子がどれほど罪深いかを広めてやれば、左大弁様にお伝えする話に信憑性も生まれる。話を疑っても調査にきて噂を耳にすれば信じてくださる。酷い噂のある娘を、大切な姫様の女房になどさせておくはずもない。
考えれば考えるほどそれしかないように思え、わたくしは自らの思いつきに自信を持った。

けれど叔父に会いたい旨をしたためた文を届けさせる前に

「北の方様に御文でございます」

ずっと顔を会わせていない夫から

「なんて書いてあったの?」

「…話があるから帰ってくるとの仰せよ。昭子、あなたも同席するようにと。客人もご一緒だとか。用意をさせて。」

急ぎの文が届いた。
詳しいことは書かれていないそれに何故か心がざわめいた。嫌な予感がした。
これまで何度文を送っても返事をくださらなかったのに。どうして急に、しかも客人とは一体どなたのことなのか。
わたくしは女房達に客人を迎える準備をさせながらも一抹の不安を胸に抱え

「お客様…?きっとわたくしの婿君候補の方ね!やっぱりお父様はちゃんと考えてくださっていたのだわ!ああ大変!急いでもっと着飾らなくては!もう!お父様ったらそんな大事なことならもっと前に教えてくださればいいのにっ」

はしゃぎながら自室に戻っていく娘を見送り、

久しぶりの夫の帰りを待った。





続く


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