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沫雪の唄

「なんて素敵にジャパネスク」二次小説

「長恨歌」第七十九話 左大弁家二の姫付女房・透子(瑠璃)

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助けに来てくれたのは、
融でもなく藤宮様でもなく、

鷹男だった……―――――。










「長恨歌」第七十九話 左大弁家二の姫付女房・透子(瑠璃)










「あ……っ」

転げるように逃げていった高彬がいなくなって
残されたあたしはただただ信じられない想いで鷹男の帝を見上げた。
あたしを見下ろす表情に温度はなく、無機質な冷たい瞳に変わりはなかった。助けてくれた行動と合わないその表情に幻でも見ているのだろうかと不安と混乱に襲われる。

「あ、あの…!」

眉がすがめられ、不快気なものに変わる。

「殴られたのか」

「あ…」

指摘されて己の頬に手を当てた。じんじんと疼く痛みはすでに熱を持っていた。
鏡はないから自分が今どんな状態かはわからないけれどひどい状態なのかもしれない。叩かれたのは一発ではなかった。
ふと目に入った手首も、よほど強い力で掴まれていたようで、赤くなっていた。明日には青く痣になるのだろう。
宝珠寺で鷹男に掴まれた時よりも痛い。

「…女官を呼ぶ。ここで待て」

「っっどうして!!」

去りかけていた背中が、ぴたりと止まった。咄嗟にあげた問いの続きを待ってくれている。そのことに勇気を得てもう一度声をあげた。

「どうして……助けてくれたの…?」

どうして。
だって、今のあたしはあなたにとって敵なのでしょう?
大事な人達を害するかもしれない、大切な人達を惑わす、とても信じることのできない怪しい人間なのでしょう?

声をあげて助けにきてくれたのがあなただったこともわからない。でも、それ以上に。
あなたがどうして助けてくれるか、わからなかった。
見てみぬふりもできたはずだ。
きっと不愉快だろうあたしが消えれば、あなたを煩わす心配事が減ってよかったかもしれない。

それなのに

それなのにあなたは助けてくれた。

どうして…?

どうして助けてくれたの?

ひどい。
だって、
だって、だって。

期待を、してしまうじゃない―――。


「……………勘違いをするな」


けれどあなたは言った。
振り返らず、背中を向けたまま言ったのよ。

「私は約束を守ったまでのこと」

「約束…?」

少しの間があって、紡がれた言葉。


「かつて藤壺女御と交わした約束を……守っただけにすぎない。そなたのためではない。」










「透子殿…!」

鷹男の代わりに駆け込んできたのは勾当内侍様で、顔を真っ青にしてあたしに駆け寄った。

「すぐに湯を持ってきますから清めましょう」

「…お願いします……」

勾当内侍様はあたしの様子に一瞬言葉を詰まらせたものの、冷静な判断で素早く動いてくれた。湯につけた布であたしの身体を丁寧に拭きながら手首と両頬の腫れを見て痛ましそうに顔を歪めた。けど、必要以上にあれこれ詮索してこないのは有難かった。着物の乱れはないから未遂だとはわかっているはずだ。

「勾当内侍様、だけ、ですか…?」

なるべくこのことを知られたくない。勾当内侍様が一人で世話をしてくれることについて尋ねると

「はい。主上のご指示でこのことを知るのはわたくしだけでございます。」

「そうですか…」

という答えが返ってきて、安堵にほっと息を吐いた。
思い出すのは変わってしまった高彬ではなく鷹男のこと。鷹男が助けたのは“今のあたし”のためじゃなくて“昔の瑠璃姫”のため…だけど心はざわめいて切なく胸をしめつける。

―「約束を守ったまでのこと」―

鷹男は言った。

―「かつて藤壺女御と交わした約束を守っただけにすぎない」―

と……。
約束…。
昔のあたしとの、約束……

「透子殿?大丈夫ですか?」

ぼんやりしていたあたしを怯えているからだと思ったのか勾当内侍様が気遣うように背をさすってくれた。

「…勾当内侍様」

「申し訳ありません、弾正尹様から何としても二の姫様と透子殿をお守りするよう言われていましたのに…本当に、どうお詫びすればいいか」

「約束って……何のことか知ってますか…?」

「え?」

ぼんやりしたまま、勾当内侍様を見ることなく呟いたそれはつい口に出てしまった独り言みたいなものだった。
勾当内侍様の怪訝な顔も、見えてはいなかった。

「約束……あたし、と………帝が、藤壺女御とした約束、って……勾当内侍様はご存知ですか?」

前半は宙を眺めながら、後半は勾当内侍様を見つめて。
あたしは尋ねた。
勾当内侍様は怪訝な顔をしていたように思う。あたしの背をさすっていた手は止まっていた。

「約束、で…ございますか…?」

「ええ……そう、約束…」

思い出すのは、何気ない会話。
たくさんした会話の中、確かにあたしは、女の置かれた立場を嘆いたこともあった。その時、あたしは鷹男に言ったかもしれない。お願いと、言ったかもしれない。だけど、それは…
約束と呼べるようなものではなく、何気ない会話の中で交わした些細な願いだった………。

「だけどあのことしか…思い当たることはないのよ……」

いつか一緒に吉野へ行こうとか、できるだけ隠し事も嘘もしないでとか、不満があれば我慢しないでぶつけていこうとか、普通の夫婦が交わす約束はいくつもした。実現できたものもできなかったものもある。一緒に生きていくという一番大きな約束さえ、破ってしまった。そんな中でしたあれは約束とも呼べないただの願いだった。あたしが何とかしようと思っていたし、鷹男には協力と相談を頼んでいただけで、あんな風に鷹男が、守り続けてくれると思って言ったものではなかった――。

だけど、あたしの状況と鷹男の言葉から

思いつく“約束”は一つしか浮かばなかった。

――『ねぇ鷹男、もし理不尽な目に合ってる人がいたら手を差し伸べましょう。あたし達だからできることも多いはずだわ。』――

そう言ったあたしに、鷹男は優しく微笑んで、頷いてくれた。

――『ええ、瑠璃姫。貴女は本当に困ってる人を見つけたらほっておけない人ですね。貴女の身を案じてはらはらするこちらの身にもなってほしいところですが…言ってもきかないのが貴女ですから諦めるしかありませんね』――

――『う…』――

――『先日も望まぬ関係を迫られていた女官を助けたそうではありませんか。そのせいで相手の公卿に睨まれていたと聞きましたよ』――

――『逆恨みなんか気にしないわ。あんな卑劣な行為なんて許せないもの。』――

あの時の鷹男の、あたしを見つめる瞳はとても優しくて。
深い愛情を感じる眼差しにあたしは本当に自分の幸せを感じていた。

――『瑠璃姫のおっしゃる通りです。力は、弱者を守るために使わなくては。私からも注視しておきましょう。不届き者には相応の罰もね。』――

――『ありがとう。実際にあたし達にできることは少ないわ。でもだからこそ…見える範囲の人達は、できることはしたいのよ。』――

呟いたあたしを、鷹男はそっと包み込むように抱きしめてくれた。
並んで座り、月を見上げていた後ろから、鷹男の温もりに全身を包まれて暖かくて幸せな気持ちに心からほっとできたことを覚えてる。
耳元から響く鷹男の優しくて低く、甘い声は、そのままどこまでもあたしを甘やかしてくれた。

――『身分のない女人ほど、その立場は哀れなまでに低い……』――

自分の恵まれすぎた立場を、入内して女官達の立場を知ることで初めて、あたしは痛感した。
立派に勤めをはたしている尊敬されるべき女官達が、女房達が。
身分の上の貴族に理不尽を強要されればあがらう術はない。どれほど理不尽に憤っても、彼女達に抗う術はなく泣き寝入りするしかないのだ。身分高い姫君でさえ、親の決めた結婚に従う他の生き方はなくて、時に望まぬ夜這いに合えば結婚するしかなくなる。
そんな生き方しかない女人達で、あたしは一人異質だった。望まぬ夜這いから逃げ切って、自分のいいと思う相手と結婚できた。鷹男の帝への入内さえ、あたしの意思を尊重してもらえた。
ありえないのだ。
普通は、こんなに厚遇されることはありえない。
女の人生は全て、男の、父親が決めること。決められた道を歩む他、女に生きる道はない。

――『全てを変えることはできない…国の根底から覆すことは簡単じゃないわ……だからせめて、この後宮の中だけでも…ここで生きる女達だけでも、自分の望む生き方をできるように…あたしはしたいの』――

夢みたいな願いだった。
例え帝でも、人間の考え、思想というものまで変えることは早々できることじゃない。
だけど鷹男は言ってくれた。

――『私も協力しますよ。貴女の願いは私の願いだ。約束しましょう、この後宮で…理不尽に泣く人間を見過ごさないと――。』――

――『ありがとう、鷹男。…大好きよ。』――

――『私も愛しています、瑠璃姫、貴女だけを……』――

あの会話を、鷹男は覚えてくれているの?
十八年以上も経って、まだ守ろうとしてくれてるの…?

「透子殿…?」

「勾当内侍様…あたし……あたしはどうしたら…っっ」

これほどの深い愛情に
あたしはどう返したら、どう報いればいいの――?

高彬に乱暴をされても我慢できた涙が

「透子殿っ!?」

嗚咽と共に溢れて止まらなかった。





続く


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雪 says..."ハニーさま"
けっこうひどい…(笑)!
高彬への報復がえぐいっすよハニー様!

もうふたりとも、その調子で来年の女御際に出品お願いしますよ!本当に!!
2018.11.22 21:17 | URL | #- [編集]
雪 says..."ふにゃろば様"
一応、「」のセリフは口にしてるけど
それ以外の思い出してる過去話は心の中だけで思い出していて口には出していないつもり(^_^;)
それでもけっこうきわどい発言はしちゃってる、という感じで受け取ってくださいませ!
もちろん、盛子にヒントを与える布石です^m^
2018.11.22 21:14 | URL | #- [編集]
ハニー says...""
更新ありがとうございます。

うんうん。
藤壺女御は後宮の女人の味方でしたもんね。
鷹男はその志をずっと継いでくれてたのね。

鷹男の去り際に透子が「たか…」って呟いたのを
鷹男は気付いていながら認めようとしてないんじゃ?

この後疲れて眠る瑠璃姫を一人でこっそりとお見舞いに
来たりとかしちゃうんじゃないの?!


ところで、高彬はこれにて退場?
融にキッチリとお仕置きさせてあげてー!
「思うところはあったけど姉さんの元夫だったし
取るに足らない存在だったからこれまでは見逃して
きてあげたのにね。
真面目なだけで大して有能でもなかったけれど
まさかここまで愚かだったとは。
残念だよ、高彬。
姉さん以外の妻に通い姉さんを傷付けた時点で
こうしておくべきだったよね」

もちろん藤宮様も自ら罵りたいはず!
「あら、中納言様が真に愚か者だからこそ、瑠璃姫様は
本来結ばれるべき主上のもとへいらっしゃることが
できたのですわ。
そこはわたくし、中納言様にはとても感謝しておりますの。
ですが…
あなたはご自分が何をなさったのかおわかりになって
いらっしゃらないようね。
ええ、昔からそうでございましたわ。
お優しそうな顔をしながら平気で瑠璃姫様を傷つける…」

と、捕らえられた高彬を二人が上から見下ろしながら
酷薄な笑みを浮かべ…

その後、右大臣家けら高彬は病死と報告があがった。
葬儀は遺体のないまま行われ、その真偽は未だに
不明のままであったが、
右大臣家は口を固く閉ざし、殿上人の間でもその真偽を
問う声を上げる者は誰一人としていなかった。

というのはいかがでしょうか。
ふにゃろば様の真似っこしてみた〜ー笑
2018.11.20 22:21 | URL | #- [編集]
ふにゃろば says..."おぉーい…(-_-;)"
雪様、こんばんは。

ちょっとちょっと、瑠璃ちゃん?
盛子さんにそんな事言っても、判らないと思うよ?
それって多分、鷹男と瑠璃の二人きりの時の会話だろうし。
傍にいたのって、せいぜい小萩くらいだろうし。

でも、これって鷹男が瑠璃を認めるターニングポイントに
なるかもっ! この事を盛子さんから聞いた鷹男は。
「バカな…。何故あの女房がその様な事を。
 それは私と瑠璃姫しか知らぬ事だ。当時は姫と二人だけに
 なりたくて、いつも人払いをしていたのだから。
 なのに、その会話は…。瑠璃姫が藤宮に話したのだとしても、
 そこまで詳しく語るだろうか。ましてや二人きりのいわば
 睦み言を、あの恥ずかしがり屋で初心な姫が? かの陰陽師に
 操られて思い込んでいるとしても、姫の記憶まで甦らせよう筈が
 ないっ! それではまさか、まさか本当にあの娘は
 姫の生まれ変わりだというのか!?」なんて自問自答して
苦悩するかもしれませんね♪
2018.11.19 19:42 | URL | #- [編集]

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